2011年10月9日日曜日

地震当日2011年3月11日金曜日

2011311日金曜日

救助は、同時に多角的に、東北地震に関して

かなり広範囲の被害ということで、まず、遠くから考えるべき。
救助の要請は、外国から早めにできないのか。
そして、太平洋岸に移動するより、物資の輸送は日本海側から多角的にすべきだ。
青森は北海道から、
岩手は秋田から、
それぞれ、隣接県からプロの消防、警察、その他応援を至急すべきだ
そして、物資輸送は、日本海側の高速道路、日本海の海路を使用すべきだ。
(大きな船は沖に止めて、人海戦術で小さな船で護岸に近づくことはできないのか)
関東及び関東以北、個人の車は原則使用禁止にし、道路は一車線は緊急用でコーンで隔離し、
緊急車両、近隣の援助物資の輸送に限定すべき。
遠距離の移動は日本海側を優先すべき。
関西から、プロのトラックやバス輸送、あるいは物資の運搬分類の人足をかき集めて、
公的機関が組織して、派遣できないのか。
ゆくゆく、復興の時に、関西の企業が活躍する場がある。
関西経済牽引の先行投資と思い、不況対策として、組織できないのか。
3月11日9時半現在、地震から約7時間、津波で身体の濡れた避難民が、
氷点下の寒さで、あるひとは卒業式の服のまま、ある人は防寒着も暖房もないまま、
閉じ込められ、避難しているのだ。
アメリカ、ニューオリンズの水害のように、避難所でつぎつぎ死者を出さないよう、
早急な対策が必要だ。
菰池 環0 コメント

検証後のコメント

10月に宮城県南三陸町で聞いたところによると、地震の後に自宅にもどったり、道で立ち話しているときに、海の方向とは限らない水に捲かれたという。
実際は、4階部分の部屋でも、窓からの水に流されるほどの高さであり、高台や建物に避難した人の多くが、とりあえずと手近なところに逃げて津波に捲かれていた。
「山中に逃げるときは、より高い山に道がつながっていること、ビルに逃げるときはできるだけ5階以上の構造の建物に逃げること」。このように述べていた。
南三陸町で生き残った人々は、運のよさもあったのかもしれないが、落ち着いてより高い目標を定め、避難後も増えつつある津波の水面の高さに合わせて、少しずつ高いところに動いて助かったという。

菰池の予想通り、寒さに震えながら、空腹を抱えての一夜であったと聞いている。とある瓦礫の中には、ラジオと予備電池、そして食べかけの食料と手付かずの食料が埋もれていた。その人が、空身で必死に津波から逃げ延びていて、助かっていて欲しいと思いつつ、一方で山中では、ラジオも携帯電話も食料も無かったのであろうとも思う。
テレビや新聞の取材ですでに語られているように、生存者一人ひとりの避難方法についての具体的な情報は、その人にとって「正しい」のであって、安易に否定せずに心して聞きたいものである。
しかし、災害対策のプロは、あらゆる条件を考慮して、より一般的な避難について検証し、後世に生かすべきである。

福島原発周辺から緊急避難させよう!東北地震に関して

福島原発の半径2kmで避難勧告が出ている。せめて、半径100kmの緊急避難はできないのか。東京から観光バスなどで、どんどん、ピストン輸送で郊外、できれば西に避難させるべきだ。
3月11日10時に、原子炉の冷却装置が止まり、代替措置のめどが立っていないという。
(冷却水での冷却が高温で手遅れであるならば、
速やかに化学消火、コンクリートで埋める方向で検討せよ。 3月17日加筆訂正)
菰池 環0 コメント

検証後のコメント

100km圏内のほとんどがセシウム134、137の蓄積量が3万ベクレル毎平方メートル、毎時1シーベルト以上のところが多いのであるから、半径2kmがいかに狭すぎるか、今なら皆さんお分かりであろう。

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