2011年10月9日日曜日

地震3日後2011年3月14日月曜日

2011314日月曜日

農業、鉄道、道路復興計画に関して

日本の自給率を上げるため、東北の低地を広大な水田化することを提案した。
これを機に、土地を手放す人から農地を買い上げ、職の無い若者にすでにある北信越の高価な農機具を貸し与え、日本の農業を変えることができる。
鉄道は、内陸に引きなおし、車の輸送ではなく、物資はこれから鉄道輸送に戻していくべきだ。
鉄道の利点は、いざとなれば、電車ではなく、ディーゼル、最悪木材や牛馬に挽かせても走らせることが可能である。レールがあれば、かなり重いものを少ない力で大量輸送できる。
石油の高騰がますます予想される中、
今は電気で走らせるとして、貨物輸送を目指すべきではないか。
東北を全国のモデル都市にしていく。
この、こころいきが、被災者に一番の心の支えとなる。
被災者は、今、いくらでも時間がある。
避難所でつまらない暗い世間話をしているくらいなら、
次に建てる家は、こんな家がよい、あるいは、こういう家なら大勢の人が助かった
という情報を集めるよいチャンスではないか。
仙台も関西に負けない古都であるときいている。
東北の街がどうあるべきか、被災者が知恵を出し合って、
この数日を乗り切れるのではないか。
テレビ局や新聞社は、被災者が一番求めているのは情報であるという。
それは、ある意味正しい。家族の安否が生きる支えである。
しかし、マスコミは自分達の存在意義を肯定しているに過ぎない。
現地に向かう意義は、被災者に必要な情報を与えているばかりではない。
同時に、安全なところにいる人に、「娯楽」を与えている。これは、ショーではない。
本当に被災者のことを考えるなら、生きてこそ。
生き残ってこそ家族の再会がある。
まずは、安全に自活できるよう、孤立した高台や避難所ではなく、
速やかに人間の生活ができる都市や山間部に移動させるべきだ。
そして、被災者の意見を尊重した復興をすべきだ。
マスコミは、その情報の伝達者として、私は期待している。
菰池 環0 コメント

避難生活について、アイデア募集を

戦前、戦中を経た人の多くは、水害や災害のノウハウをたくさんもっている。
是非、口コミで、アイデアを集めて欲しい。
小さい頃、山登りの好きな父が、「身体が濡れたときは、背中に新聞紙を入れるだけで暖が取れる」。と、登山に必ず新聞を持たせたことを思い出す。
空気の層をたくさんつくることで、身体はよりあたためることができる。
また、避難所が体育館の場合、カーテンや垂れ幕、ダンボールがあるなら、是非、周囲の壁の下側を覆って、冷気が入らないよう工夫。避難者同士に仕切りがあれば、プライバシーが守られ、安眠できる。そういったノウハウは、阪神や中越の被災者にもあるはずだ。
介護経験のある人なら、同じ姿勢で眠る危険もよく知っているはず。床に少しでも枕やクッションになるものがあるだけで違う。休む姿勢を意識して、使用することも必要だ。
調理調達しなくても水分や栄養をとる方法は?ハンカチやマスクで口を覆う、汗で口を湿らせるなど、知恵はある。
とにかく、3人寄れば文殊の知恵、いろいろな知恵を集めて、現地にあるもので工夫できるよう、働きかけていこう。
菰池 環0 コメント

復興計画に関して

太平洋岸の人々の、仮設住宅、あるいは住宅の再建について。
この先、温暖化等で海水面が上がり、地下水くみ上げ等で地盤沈下することを予想し、
住宅は高台を中心に、低地は区画整理された水田にすべきだ。
住宅街は、間違っても、バラックが混在するのではなく、災害に強い、消防車や救急車の通れる広さの道をきちんと整備すべきだ。
何万人、何十万人が避難するこの災害を、美しく強い都市へ変貌させる貴重なチャンスだと思う。
仙台の100万人を一気に移動して、一から都市をつくるということは、先月まではありえない、空想の世界であったかもしれない。しかし、そういうチャンスを今回、与えられたのだ。
(東京と大阪は、戦後、そのチャンスを生かすことができなかった)
日本の町並みは、どうあるべきか。
これまで、東京をモデルにした、どこにいってもどこにでもある街であった。
雪の多い土地を生かした、雪を蓄える設備、道路に雪を溶かす設備、
地下に雨水を溜めて飲料水以外をまかなう、エコ都市に、東北が生まれ変わるかもしれない。
年配の人でも、安全に屋根に上がれて、雪かきできるデザインなら、今回、屋根に逃げて
漂流しながら助かった人がもっと増えていたことだろう。
東北の人が、東北の設計士、あるいは西洋でも北部の寒冷な都市を参考に、
関西や関東にない、街づくりをする、その応援を、関西や関東ができれば望ましい。
菰池 環0 コメント

検証後のコメント
地元の人の意見を利きつつ、日本や世界全体を見据えた計画が必要である。例えば、船の寄付で、地元では使用できない形態の漁船を寄付されて、漁に即使えないというものもあった。できるだけ地元のニーズを聞き、FRPならば形を改良してから寄贈が望ましい。しかし、震災以前とまったく同じ数の漁船や港が本当に必要か、もう一度近海の漁獲資源保護の立場から、検討すべきであろう。

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